「ふたごのひ」
 なにやら楽しそうに黒い上司が口にされた言葉を、そのままなぞる。うん、と期待に輝いた目で頷くのは白い上司だ。ノボリボス曰く、先に生まれた方を兄、次を弟と決められた日らしい。クダリボスは生物的に言えばぼくの方がお兄さんだと思うけど、と笑った。いやこの人はいつも口角上がってるけど。それを言われてもノボリボスはニンゲンは社会的生物なので兄として育てられたわたくしこそ兄ですと胸を張っている。おふたりとも楽しそうで何よりだ。
「それで……私に何の用事でしょうか」
「構ってもらおうかなって」
「今さっきクラウドさんがちょうど喫煙所へ向かわれましたよ」
「彼にはもう朝一番に遊んでいただきました!」
 バサバサとワザとらしく書類を捲りながらあしらおうとするが、忙しいアピールなど何一つ効きやしない。そもそもこの双子の方がよっぽど業務を抱えているはずだから当然か。クラウドさんを生贄に捧げるのも失敗した。というか一見四角四面に見えるノボリボスの口から出た“遊んでいただきました”が怖すぎる。あのクラウドさんがやけに疲れた顔をして静かに休憩に入っていったのは気になっていたが、一体何をしたんだ。
 そこでようやく、私は事務所に珍しく誰もいないことに気がついた。……くそ、みんな逃げやがったな。だいたい、双子の日だからといっても誕生日や記念日でもあるまいしお祝いする通りは無いだろう。……まあ、何かしらに対してやる気になったこのふたりを止める術など無いから、諦める他ないか……。
「……孵化厳選してる時に出て中途半端に育てた色違いギギアルでも差し上げましょうか。ギア二つで双子っぽいですよ」
「どっちがぼく?」
「え?」
「ギギアル、ギア小さいのと大きいのが噛み合ってるでしょ。から見て、どっちがぼく?」
「クダリ、が困っています。当然、こちらの大きい方が兄であるわたくしでしょう」
「あのね、ぼくに聞いてるの」
「聞くまでもないことです。そうでしょう!」
 ……なんで? 適当なお祝いをしようとしてこんなに裏目に出ることある? より面倒な感じになってしまった。ギギアルのギアのどっちがどっちとか、正直どっちでもいい。しかし、スクール低学年のようなくだらないことを言い合う上司たちの三白眼が4つ、ぎょろぎょろりと私に向いて逃げられない。怖すぎる。ホラー映画の双子か何か?
「……バトルで強い方が大きい方で」
 背中に冷や汗を滲ませながら、なんとか適当な答えを捻り出す。バトルクレイジーたちの頂点に立つふたりだ。こう言っておけば、どちらが強いか決めようなどとどこか空いているバトルトレインに行ってくれるはずだ。案の定、2人ともお互い睨み合い始めた。
「なるほど……」
「一理あるね……」
 一理も無いだろう。口に出したら台無しなので黙って書類とパソコンに向き直る。さて仕事の続きを、としたところで、私の手が止まってしまった。緑の鉄道員制服の腕を左右それぞれからガッツリ掴む黒と白の腕。いよいよもってホラーだ。
「では、どちらが強いか、に決めていただきましょう!」
「いや、おふたりでお決めになられたらよろしいのでは……!?」
「ノボリ、シングル。ぼく、ダブル。どっちのルールでも公平じゃない」
「ですから、あなたがわたくしとシングルを、クダリとダブルをやりどちらの方が手強かったか判定してくださいまし」
「いやそれもおかしくないですか!?」
 ずる、ずる、結構頑張って踏ん張っているのに、普通にトレインに向かって引きずられている。平然とした顔で謎の理を説きながら、力が強すぎる。ばけものか? 知ってた。
「あのね、から“バトル”って口にしたんだよ」
 私を挟む白い方を見上げると、にたあ、と嫌らしい笑みが目に入る。慌てて黒い方に首を捻ると、そちらからはありがとうございますと弾んだ声が降ってきた。
 もしかして、もしかしなくても、嵌められたらしい。結局、ギギアルの色違いだけでなく今日一日、そしてクタクタのヘトヘトのボロボロになっている間にホクホク顔で“また次回”まで決められてしまった。
 解放された瞬間、私は、向こう5年分のスケジューラーに双子の日注意のアラームをセットした。


(221213)


よかったなあとかあればポチッと→ ❤❤❤