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003. 隠し味(イコさん)
「わ!」
 フライパンを洗う生駒の後ろで、愛しい彼女の声が上がる。たった一言……一文字で表されるそれでも分かるくらい喜色をこめたそれに、生駒はそれと同じくらいうきうきと心を踊らせて振り返る。
「これ美味しい!」
「せやろ」
 期待通りの笑顔で期待通りの反応をくれる彼女に、生駒は自慢気を隠さずに返答した。
「えー、こんな美味しいの……正直、初めて食べる」
 普段は行儀の良い彼女が箸を口に運ぶことを止められないまま、自分の手料理を困惑しながらもべた褒めしていることに生駒はついスポンジを持った手を止めてにやけそうになってしまう。
「むぐ、これ、何入れたの?」
「何って」
「隠し味的なやつ、あるでしょ」
「そんなん決まってるやろ」
 生駒はおもむろに、勿体ぶって、フライパンを食器籠に置いて改めて振り返る。人生で一度はやってみたいと思っていたやりとりを、まさかこんなに早く達成できるとは。高揚感を抑えきれず、半ば上擦りそうになる声音を必死に整えた。
「愛情や、あ・い・じょ・う」
「いやそういうのいいから」
「なんやて……」
 ハートマークでもすっ飛んでいきそうなノリでばっちりキメたというのに、即答でぶった切られてしまった。なんと無情な。
 生駒がしょんぼりと肩を落とすと同時に、彼女の追撃が襲う。
「いや、だって、それは分かりきってるし」
「……せやんな」
「……こっち見たまま黙らないでよ」
 自分で言い切っておきながらほんのり頬と耳を赤くする彼女に対して生駒は、さて次の非番の時は何を作ってあげようか、どんな顔をしてくれるだろうかと思考を巡らせてもっと嬉しくなってしまうのだった。



004. 曇り時々涙(荒船)
「曇りかあ」
 折角の揃っての非番なのにと不満が漏れてしまう。天気予報では降水確率がばかに高くて、これでは出かけようがない。
「それはどうだろうな」
 私のぼやきに対して、電話口の荒船はドヤ顔が浮かんできそうな声音だ。
 なによ、と聞き返すと隣町の改札前で集合だと言われて、ピンとくる。間違いない。映画だ。
「たまには、お前の泣くところを見てみたい……と言ったら?」
 ……違うかもしれない。
 
 ***

「あんなこと言うから何をされるのかと思ったけど……やっぱり映画じゃん!」
「良いだろ、平和的で。これなら天気も関係無え」
「”泣き顔が見たい”なんて誘い文句は、平和から程遠いと私は思いますけれどね」
 泣かされてたまるかという気持ちで、ばっちりしっかり化粧をしてきた。その目で睨んでやっても、荒船はどこ吹く風だ。いつも通りポップコーンとドリンクのペアセットを買って笑っている。荒船がひとりで映画を観る時は、ポップコーンは買わないらしい。どうやら私に合わせてくれているらしいことに気が付いたのは最近だ。そういう気遣いを相手にそうと悟らせずにできる所は、悔しいけれど荒船の格好良い所のひとつだと思う。

 ***

「おお、こりゃまた、大粒の雨が降ったな」
「……そうだね」
 人ふたりはゆうに入れそうな大きな傘を広げながら笑う荒船も好きだと思うが、あいにくの大雨で荒船が実際どんな顔をしているか、そっちを見ることができなかった。



006. 真っ赤な目(村上くん)
「あれ、村上くん今日こっちなんだ。珍しいね」
「ああ、今日は……え」
 しっかりした体付きにつんつんの髪の見慣れた後ろ姿。”丁度良く”人の良い同級生に声をかけると、振り向くと共に彼の穏やかな顔が驚きに固まった。期待通りのイイ反応で、私は思わず吹き出してしまう。
「ふふ、泣いているわけじゃないよ」
「本当か」
「花粉症なの、私」
「秋なのにか?」
「秋花粉もあるんだよ」
 逆に春は何事もないんだけどね、と絶えずじわじわと湧き出る涙を指で拭う。へえ、と納得と安心のような音が村上くんの口から漏れた。この様子だと、村上くんは年中花粉症じゃないんだろう。なんて羨ましい。
「何かあったのかと思って、心配した」
「まあさっさと換装しちゃえば良いんだけど……ね?」
 今日は目へのダメージがやたら酷く、本当に泣いているようになってしまったので……折角だから誰かをからかいたくて仕方がなかったのだ。意地の悪い笑顔を浮かべる私に対して、村上くんはというと、すぅ、とその顔から表情を消していく。しまった、まさか怒らせただろうか。
「でも、本当に良かった」
 私が慌てる前に、かちゃり、と無機質な音が小さく響く。彼の手が、その腰に下げられた武器に触れている。
「もし、誰かに何かされたとかだったら……」
 ”No.4攻撃手”。彼の立ち位置が、私の頭に警鐘を鳴らす。そんなことをする人だとはまさか露ほども思っていなかったけれど、村上くんほどの実力者なら、およそ相手が誰であろうと”やる”と決めたら”できる”だろう。
 サァ、と血の気が引く。もしかしたら、今後私の馬鹿ないたずらで、仲間思いの優しい村上くんが手を汚すかもしれない。いやまさか、そんな可能性など思いもよらなかった。
「いや、そんなことは無いから! 絶対、多分! ご、ごめん、からかって、もうしな……」
「ふっ」
 突然、村上くんが口元に手を当てて顔を背ける。ほんの少しだけそうして肩を震わせていたと思うと、ついに声を上げて笑い始めた。
「はっはっは……良いよ、オレも、からかっただけだから」
「えっ? ……あっ!? そういうこと!?」
「が泣いている所を見たくないのは本当だけど。じゃあ、また」
「うん? ……ああ、またね?」
 村上くんもあんなへんな冗談言うんだなあ、と後日荒船に雑談がてら話をすると、確かに珍しいなと首を傾げたあと「まあ仮に、お前になにかあってもあいつがそんな馬鹿みたいなことするわけねえだろ」といって頭を叩いてきた。
 ……いや、私もそう思いますけど!!?


あとがき
お題:capriccio様「365」よりお借りしました。(211027)


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