ぐっと鼻先がぶつかりそうな勢いで近づいた私の目から逃げるように迅くんの目はわざとらしく明後日を向き、肩はわざとらしく竦められ、口はわざとらしく溜め息を吐いた。
も懲りないよなぁ」
「だって私、迅くんの呪いになりたい」
 間髪入れずに、見かけてからずっと保ったままの笑顔でそう言うと、迅くんは観念したように私を見つめ返した。
「呪いって……またぶっ飛んだことを」
 迅くんはいつも私を避ける。だから私は、今日はもう出会い頭に彼の青いジャケットの両方の襟元をがっしりと捕まえてにこにこ顔で言ってやったのだ……好きだよ、と。
 驚くことではない。こんなやりとりは、もう私と迅くんの間では挨拶のようなものだ。迅くんは私の愛の告白を拒絶することも一切なければ、受け入れることも決してない。誰もが彼に抱く印象通りの飄々とした表情や動作を崩さないようにして私のことをただただ受け流す。
 でも、一瞬瞳に浮かぶ辛そうな色を、私は見逃したことはない。だって、私は一度だって冗談や軽口で絡んだことはない、真剣、いつも真っ直ぐに迅くんの目を見て愛を囁いている。些細な変化を見逃すわけがないんだから。
 実に”数週間ぶり”に彼の姿を捉えた私は、もう今回は絶対に暖簾は掴むし馬に念仏を叩き込んでやるつもりしかなかった。
「私にはサイドエフェクトは無いけど、わかるよ」
「何が?」
「迅くんが、私のことを好きだって」
 へぇ、とおどけるように迅くんが応える。でも私にはわかる。その短い吐息すら震えていることが。
 なにせ、おかしな話なんだ。迅くんには未来視のサイドエフェクトがあるのだから、もし彼があからさまに呆れた態度を取るほどに“本当に”鬱陶しければ、彼は最初っから私のことをいくらでも避けられたはずなのだ。……ここしばらくのように。
「まだあるよ」
「ええ、何?」
 のびるからそろそろジャケット離して欲しいんだけどなあ、なんて迅くんは空々しく笑うけれど、私はむしろより一層掴んだ手に力を入れていた。指先がチリチリと痛む。ああ、私、緊張しているんだ。初めて迅くんに好きだよと嘯いた時でも、これほど手が冷たくはなっていなかったような気がする。
 大体いつも意味ありげに、余裕ぶって笑みの形に緩んでいる彼の唇が、ゆっくりと結ばれていく。瞳は、もう泳ぐのをやめて静かに私を見下ろした。その色を、私は見たことがあるような気もするし、初めてのような気もした。
「……近い未来、迅くんが私を見捨てる時が来るんだって」
「…………」
 やっぱり。迅くんから、返事は無かった。何よりも雄弁な答えを貰って、私の手が徐々に力を無くしてだらりと落ちても、脱力ついでに私の額が迅くんの鎖骨に埋まっても、迅くんは口を開かなかった。
「だから、」
 言葉を続けようとして、一拍、二拍、空いてしまった。……たった3文字だったのに、さっきの迅くんの吐息なんか目じゃ無いほど、情けないくらい、私の声は震えていて、唇はわなないてしまっていた。一度、誤魔化そうと大きく息を吐く。それを胸で受ける迅くんは、まだ何も言わない。
「だから、その直前まで、私は迅くんに好きって言い続けるよ」
「……ああ、“知ってる”よ」
 背中に、何かが触れる。ゆっくりと、迅くんの両腕が、私を包んだ。抱きしめる、なんて強いものじゃない。“だから、会いたくなかったんだ”、私の耳元にこぼれ落ちてきた独り言のような迅くんの声よりも、もっと弱かった。
「今日、読み逃したのか、わざとそうしたのか……俺にも、分からない。でも、お前はもう十分、うぐっ」
 私はもう、それだけで良かった。迅くんの言葉の続きを握りつぶすように、私はまた両腕を持ち上げて、迅くんを人生で1番の力できつく抱きしめて返してやった。
 迅くんは、苦しいんだけど、とただ一言ぼやいた。


(220118)


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