「あ」
「どうしました?」
素っ頓狂な声が耳に入る。鈴鳴支部で主戦力として動いている事務員、のものだ。寮も兼ねている鈴鳴支部でリビングにあたる共同フロアで、彼女は村上鋼がついでにといれてくれたコーヒーを啜りながら、カレンダーの前で仁王立ちをしていた。ほとんどあらゆる事務仕事を請け負っている彼女が、カレンダーの前でぶつぶつと今後の予定を確認して、必要とあらば書き込みをしているのは皆の知る業務であり習慣だった。
そんな彼女の珍しく気の抜けた声に、同じくコーヒーを舐めながら学校の課題をこなしていた村上鋼が顔を上げると、は今日の日付を指差しながら振り返った。
「今日ポッキーの日だったんだね。鋼くん知ってた?」
「学校で女子がくれました」
「お、モテるじゃん」
「みんなに配ってただけですよ。穂刈とかみんなも貰ってました」
休み時間に嬉々としてお得用パックの数本入りの小分けの袋を配られ、女子はイベントごとが好きだなと思いながら受け取っていた。あのカゲが文句を言う隙もなく渡されており、水上なんかも感心するほどの勢いだったと鋼は思い出す。貰ったは良いが、特に昼間食べるタイミングもなくそのまま忘れていた。思い出してしまうと中で折れていやしないかと気になってしまって、鋼は傍に置いた鞄に手を伸ばす。数本だけ入っているそれは、奇跡的にも綺麗な棒を維持していた。丁度コーヒーにも合うだろう。そう思い鋼は2人で分けようと包装に指をかけた。
それにしても大人であるも11月11日という日付に反応した上に、なんだあ、とつまらなさそうな声をあげるほど関心があるとは思わず、鋼はなんとなく勉強の手を止めて次の言葉を待った。
「なんか、こう……ポッキーゲームとかはしなかったの?」
「しませんよ。いや、クラスのカップルがやってたかな……」
「はー青春だなーいいねいいねー高校生だー」
突然何を言い出すのか。にべもなく切り捨てつつも、クラス公認の仲良しカップルのことを漏らすと、は自分にはまるで関係ないフィクションでも楽しむように笑いながら、またカレンダーに向き直った。
あんまり興味が湧かず、教室の囃し立てる中心を見なかったが、まさかポッキーゲームの話題がこんなところで出るとは。鋼も、それがどういう遊びなのかはやったことこそ無いが、なんとなくは知っていた。
ぺり、と軽い音を立てて上部の口が開く。とりあえず一本引き出しながら、にも半分渡そうと腰を上げたところで……ある考えが鋼の頭を過った。
「さん」
「どうしたの、鋼く……」
名前を呼び切ることもできないまま、は半端に振り返ったまま固まってしまう。ちゃぷん、とのカップが波立った。なにせ、年下ではあるが自分よりはるかに体格のいい鋼が、パーソナルスペースなど乗り越えて普通ではありえないほどの近距離にいたのだ。それは、少し鋼が手をあげれば、は壁と彼の胸部に閉じ込められるだろうというほどで、普段年上として余裕のある態度を崩さない彼女も、流石に目を丸くした。
「どうぞ」
も、流石に混乱していた。真面目で良い子である鋼が、口にポッキーを咥えて自身を見下ろしているのだ。ご丁寧に、それのチョコレート部分はこちらを向いている。どうぞ、という言葉と合わせても、先程の話題のことしか頭に浮かばない。いやまさか、いくら鈴鳴の子達を大事に思い、可愛がっているとはいえ……“これ”に応えるのは駄目だろう。頭の中の冷静なが、なんとかパニックを抑えていた。
くつり、と依然として目の前でポッキーを突き出しながら影を作る鋼が喉で笑った。我慢できないとばかりに震える彼が、手をあげる。
そこには、細長い小袋が握られている。もちろん、その開いた口からは鋼が女子から貰ったと言うポッキーが姿を覗かせていた。それに気付き改めて絶句しているに、もう一度、今度は震えた声でどうぞと鋼がすすめる。
「……まったく、大人を揶揄わないの!」
「すみません」
鋼の手から袋ごと引ったくるように奪われたそれらは、の口に一気に数本乱暴に突っ込まれていった。片手に持つカップが、の怒りを表すようにちゃぷちゃぷと忙しなく音を立てている。
バキボキと砕かれていくポッキーを尻目に、鋼はテーブルに置いた残り少ないカップをあおり、口内に残る甘ったるさを洗い流した。
あとがき
たまに押しの強い村上鋼くんを摂取したい発作に駆られる。
(201111)
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