『村上のそういうところ、好き』
そう書いてしまったのは、もう完全に勢いだった。
ボーダー仲間ではあるが、所属も違うし実力には大分差もあって、普段そっちではほとんど顔を合わせることのない村上とは、学校ではなんの偶然か隣の席だった。
最初はその日のボーダーの予定の確認とかそんなものだったけれど、いつの間にか次に指される問題の答えとか、ちょっとした雑談とか、いつの間にか、私と村上は授業中にそういう筆談をするようになった。正しく言えば、私が押し付けて、村上がそれに返事を返してくれるというだけだ。私が、一方的に尊敬とか、かっこいいなとか、つよいなとか、優しいなとか、まあ一言でひっくるめれば好きな男の子との内緒話が楽しくて、まあ、そうして、その気持ちが抑えきれなくって、もう唐突に、そう書いてしまったのだ。そういうところってなんだよ。突然好きってなんだよ。はー私のばかばか。筆談用の薄黄色のルーズリーフを出したところで、村上が隣で微笑んだのが見えて、もう私は普段あまり表情の変わらない村上のほんの少しだけ口角を上げてほんの少しだけの目を細めるその笑顔が大好きすぎて、いやなんかもうだめだった。どうしよう。村上は、その私の色気のない薄っぺらいラブレターを持って固まっている。そりゃそうだ。突然なんだこいつって感じだよね。私もそう思う。ほんとごめん。あ、お腹痛くなってきた。これもう保健室行ってきますで逃げていいやつ?
かさり。二つ折りのルーズリーフが俯く私の視界に入る。村上を盗み見たけど、いつもの真面目な顔で黒板の方を向いている。あー、その顔のせいで、いつも手を読み逃してぶった斬られてるんだよ。表情が読めなさすぎる。学校でくらい表情筋緩めてほしい。一先ず、村上からの返事を確認しないとならない。まるで脈絡なく面倒をふっかけてしまったのは私だ。返事は、確認しなければ。
「…………っ」
白紙。いや、厳密に言えばルーズリーフは薄黄色だし、私の恥知らずな一言が書かれてるけど。村上からの返事は、白紙だ。あの、ちょっと強めの筆圧で、ちょっと角張った男の子って感じの字が、どこにも見当たらない。思わず裏面まで確認してしまったけど、どこにも、なにも書いていない。
あーーーーー、泣きそーーーーーー。
いや、そりゃあ、突然、授業中に筆談でそんなことを、たかが数ヶ月隣の席になっただけの女に言われてもって感じだよね、分かる。逆の立場だったら私も混乱すると思う。うん。でも、筆談するようになって、ボーダーで顔を見かければちょっとした雑談とかもするし、この間はカゲウラで同学年でご飯を食べていくのにもついて行ったし、いや、うん、ただの友達だね。うん、ちょっと、浮かれてた。お好み焼き屋で座る時に、あまりその強い男の子たちと交流のなかったB級底辺フリーの私をさりげなく隣の席に誘導してくれたりとか、私の分もお好み焼き焼いてくれたりとかしてくれて、うん、舞い上がってた。いやこれ、保健室にも行けない。多分今ちょっとでも顔動かしたら、涙腺から何かこぼれ出るかもしれない。もう授業なんか耳に一言も入らない。
結局、チャイムが鳴るまで、私はなんとか動いても泣かない程度までショックを飲み込むことしかできなかった。ノートはあとで誰かに写させてもらおう。鳴りやむかやまないか位のタイミングで、私は教室をあとにした。いや、もう、居た堪れない。あの白紙で十分だ。これで直接、あの優しい声で、申し訳なさそうに改めて「ごめん」とかなんとかって断られたら、あ、やば、想像だけでまた涙腺緩んできた。ともかく、ひっどい顔しているだろうし、今日この後一日なにかある度に泣きかけるわけにはいかないし、とりあえず絶対に村上に顔を見られることのない女子トイレのとこで、顔を洗ってシャッキリしたい。はーーー、なんでほんと私ってば。
「」
「むっ……ら、かみ……?」
あと少しで、女子トイレというところで、急に腕を引かれて、止められる。私の名前を呼ぶ声は、いつもなら好きな声で、今は誰よりも聞きたくない声だった。
「、そこだと、オレが入れない」
顔は、流石に上げられない。途切れ途切れに、村上が何か言っている。
「なんで」
なんで、一目散に逃げた私を追いかけてきたのか。なんで、そんな息切れするくらい急いで。まさか、追い討ちでもするつもりだろうか。勘弁してほしい。個人ランク戦じゃないんだ、別にポイントがもらえる訳でもないし、確実に息の根を止めに来るその丁寧さをここで発揮するのはやめてほしい。いや仮に村上と戦っても、差がありすぎて数十ポイントくらいしかあげられないと思うけど。
「……人気のないところで話をしたい、ということかと思ったんだけど」
私の、泣きそうでそれしか捻り出せなかった疑問の言葉への返答だ。息を整えながら。……いやまあ、人気のないところで、泣きたいとは思ってるんだけど。
そのまま手首を掴んだまま、村上が歩き出す。離してほしいんだけど、とか、どこに行くの、とか、もう一言も話せない。授業時間いっぱいに使って必死に絞めようとしていた涙腺がまた緩んできた。ただただ、村上に引かれるまま、とぼとぼと歩くしかなかった。
「……つぎの、じゅぎょうは」
「大丈夫」
呆然と連れていかれて、気がついたら、知らない教室にいた。机が並んでいない。壁際に、なんか色々積んである。じっくり観察なんてする間も気もなく、村上の声がする。
「、さっきのメモだけど」
「ご、ごめんっ!!!」
反射的に、声が出た。弾かれるように、弁解を始めてしまえば、もう止まらなかった。
「なんか変な言い回ししちゃったね、あ、書き回し、かな? あはは、いや、ほんと、ごめんねあんな風に授業中に、あの、気にしなくて良いからね」
「気にしてないよ」
あー、もー、やめてくれ。村上は、女子トイレ前で私を捕縛してから、ずっと優しい声だ。私の好きな。はあ、勘弁してほしい。顔は上げられないけど、一瞬、また村上を盗み見ると、わずかに口角が上がっていて、はー、だから、その笑顔も好きなんだって。あー、振られても、これめちゃめちゃ引きずるやつだ、はー、次の席替えいつなんだろう。
「…………」
「…………」
無言だ。もうぐちゃぐちゃの感情を抑えるのに必死な私はともかく、村上も無言だった。ずっと、掴まれたままの腕が、村上の手が触れているところが、熱い。それも、別に私が振り払おうとすれば簡単に外れそうなくらいの力で、ああ、もう、あらゆることに対して、どうしたら良いのかわからない。
「……?」
再び口火を切ったのも、村上だった。語尾の上がった、疑問系で、私の名前が呼ばれる。なんの疑問だ。いや、そもそも、私はもう傷口を広げたくないし、話すこともない、はずだ。
「直接、言い合うためにきたんじゃないのか?」
は?
……いや、村上、こいつ、まさか、”気にしてない“って、本当に、あのルーズリーフの文章の、“私の言葉選び”と“授業中に出したこと”を気にしていないって意味で言ったの? その上で改めて私の口からきちんと告白させて、きちんと口にして断ろうっていうの? え、強すぎないか? これがアタッカー4位ってわけ? え、攻撃手ってそういうこと? いや違うよね? だってここまでメンタルに攻撃する必要ある? あーーーーーもういい、もういい。わかった、今回はボロを出した私が悪い、そう、そういうことね! はー、今すぐベイルアウトしたい!
「そうです私は村上鋼くんのことが好きです」
「オレも、が好きだ」
私の死ぬ気の早口に合わせて、チャイムがなった。村上も、私が言い切ってすぐに、返事をよこした。チャイムは、まだ鳴っている。こんなに長かったっけ? でも、いつか漫画とかドラマで見たみたいに、「今なんて言ったの?」なんてことは無く、私の言葉はしっかり村上に届いてしまったし、村上の返事もはっきり聞こえてしまった。いや、まだわからない。正直、まだ限界まで追い込まれた私が生み出した幻聴の線を否定しきれない。だって、そうじゃないと、村上がす、す、好きだなんて、言ってくれるなんて、あと……チャイムがなり終わるや否や、告白した女の子から手を離して背を向けて、壁際の物を漁り出すとは思えないんだけど。
「え、えっと、む、村上?」
「次の授業、資料を持ってくるように先生から頼まれてたから、少しくらい遅れられる」
はい地図。と筒状に丸められたものを差し出される。そこでようやく、ここが社会科資料室だと気付いた。ええ、いや、確かに次の授業大丈夫かって聞いたたけど。……もしかして、さっきのは本当に幻聴なのでは? 花火とかで聞こえなかったパターンはよく聞くけど、都合よく聞き間違える展開は無いでしょ。なんか、一気に力が抜けてしまった。地図を受け取る際に、手が触れる。やっぱりどきっとしてしまうけれど、村上の一挙一動に動揺しちゃうのは私だけで、村上はどうせ真顔、なん……だろう……な……って。
「……悪い」
いや、そんな、真顔は真顔でも、耳とか、首とかまで真っ赤にするとは思わないじゃん!
あとがき
こそこそ筆談するのいいよね……(210203)
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