A級夢主と仲が良い村上くん
「あ、そうだ村上……はいこれ」
忘れるところだったと突き出された手には、シンプルな薄水色の封筒があった。促されるままに受け取る。無地の面を裏返すと、ご丁寧に口を留める……赤いハートのシールが目に飛び込んできた。つい、小さい動揺が口から溢れてしまう。なにせ、今の自分たちは、個人戦を何戦も行っているうちに遅くなってきたしさあ帰ろうかと互いに高校指定の鞄を肩にかけて……本当にいつも通りの雰囲気だったのだ。も、学校でプリントを渡してくる位の軽い声音だった。だからまさか、こんな手紙を渡されるとは、夢にも思わなかった。目の前のあっけらかんとした顔と、手紙を2度、3度、交互に見る。オレの動揺には一瞬怪訝な顔をしたが、俺の手元を見て急に慌て始めた。
「え、あっ!? なんで!? そ、それは知らない!」
カッ、と頬を染めたが、ぶつぶつと呟く。
「あーもー、当真の奴いつの間にこんな悪戯……」
聞き慣れた、同級生ボーダーの名前に首を傾げる。2人の接点は、オレと同じ18歳だということと……俺とは違い、A級だということだ。A級、A級……ああ、そういえば、A級には迫っている大きなイベントがあった。思い出したそれを尋ねると、顔色を戻したが頷いた。
「そう、遠征関係。流石村上、察しがいい」
ただ、本部所属ですらなくA級ですらないオレが、から手紙を貰う理由までは分からない。赤いそれを破かないように剥がそうと、縁に爪を掛ける。
「あ、ストップストップ、村上!」
まだ開けないで、との手がオレの手を抑えた。生身の指先は、オレよりもややひんやりとしている。
「それイショだからさ、まだ開けないで」
イショ……今度は聞き慣れない言葉が耳に届く……遺書? まさか、と目を見張る。指が強張って、薄い封筒に皺を作りそうになってしまう。あからさまに驚いてしまったオレに対して、は静かに言葉を続けた。
「私の……えっと、秘密が書いてあるから。私が帰ってこなかったら、燃やして欲しい」
冗談で言っているのならばあの来間先輩でも怒りそうな事を言いながら、はオレの手の甲に触れていた指を滑らせる。もう一方の手も持ち上げて、オレのものよりひと回りは小さい手のひらたちが、薄い青色ごと包み込もうと添えられる。
「村上に、持っていて欲しくって」
それにしても、私が帰ってこなかったら”開けて欲しい“じゃないのか。の封筒に向けて伏せた瞼……睫毛が揺れる。ゆっくりと、一回瞬きをして、その奥の瞳がオレを写す。我ながら、馬鹿な顔をしていると思う。この状況に、頭がついて来られていないんだ。
今までの人生で初めて見る遺書というもの。というひとりの人間が最期に残そうというものとしてはあまりに薄っぺらくて、封筒には色がついていて、挙げ句の果てにかわいいシールまでついている。オレの手に、僅かに圧がかかる。が、オレの手を握っている。孤月の扱いとか日常の訓練で触れたことはあったが、こんな風に触れるのは初めてのことだ……そう意識をしてしまうと、全部の神経が手に集中しそうになる。だけど、もうに会えないかもしれない、話すこともこうして触れることもないかもしれない……突然突きつけられた未来の可能性に、胃が冷たくなるような感覚と、今まで立っていた地面が崩れるような感覚がそうはさせなかった。
この数分で湧いて出た全てが混ざる。頭が、追いつかない。15分だけ眠らせて欲しい。
そして一際強く、頭の中をぐるぐると周り続ける疑問。
……なんで、オレなんだろう。
「私、今回初めての遠征だから、風間さんに相談したんだ。何か準備しておくことがないか。そうしたら、人によっては遺書なんかを用意する奴もいるって」
の瞳は、オレを真っ直ぐに見上げていて、揺らがない。その力強さに、ふと日々の個人戦が頭を過ぎる。
「それを聞いて、最初に浮かんだの、村上だった。村上のところに戻ってきたいって。だから厳密に言えば遺書じゃなくて、願掛けのつもり」
……相対する時のこのの目が、しばらく見られないのか。
そう思うと急に、寂しい、という気持ちが湧き出てくる。それが、いつの間にか熱を持ったの両手と、言葉と、混ざり合って広がって行く。
「開けないでね。もう一回言うけど、万が一は燃やしてね。村上に、私の秘密を背負って生きて欲しくないから」
じゃあオレに渡さなければいいのに……渡さずにはいられなかったの気持ちと、それを嬉しいと、不謹慎にも浮き足立ちそうになる自分の気持ちを無視できるほど、オレは淡白でも疎くもなかった。
「だから、待ってて。中身は……帰ってきたら教えるから」
「分かった、待ってる。この秘密を取り戻しに来るの」
その時、オレとは会えなかった分の感情を込めて、多分同じことを言うんだろう。
オレは赤いハートを一度なぞり、大事にポケットにしまった。
あとがき
title:ロッキ様より(210326)
よかったなあとかあればポチッと→ ❤❤❤