「お、荒船穂刈おつかれー、遅いよー」
 荒船らがシフトの巡回を終えて作戦室に戻ると、そこには同じ学校のボーダー隊員であるがくつろいでいた。課題を一緒にやる約束をしていた彼女の前に、確かに勉強道具が広がっている。しかし、椅子に深々と腰掛けるその手に筆記用具は握られておらず、代わりにスマホを弄っていた。が我が物顔で過ごしているのはいつもの事だが、その顔を見て荒船は訝しげに片眉を上げる。戸口で立ち止まる彼の後ろから長身の穂刈が覗き込むと、手元の画面を見つめるの表情は緩み切っていた。
「そんなに待たせてねえだろ。大体、もう勉強飽きてんじゃねえか」
「何見ているんだ? 随分楽しそうだが」
「いやね、もう大体課題終わっちゃってね、あまりにも暇だから……へへ、村上くんの名前調べてた」
「ほう……なるほど?」
「……ほんと好きだな、お前は」
「まあね」
 荒船は作戦室の入り口に立ったまま腕を組み、そして穂刈はまだ自分が部屋に足を踏み入れていないことを気にもせず、揃って口角を上げた。が同い年のボーダー隊員である村上鋼にベタ惚れなことは、近しい人間であれば大体知っていることである。特に、荒船隊の人間は耳にタコができるほど話を聞かされており、その度に呆れながら笑って受け流していた。だから、は今日の2人の反応もただの相槌、話の続き待ちだと捉えたのか、楽しそうにスマホの画面を掲げて駆け寄った。
「ほら見て見て、“鋼“くんって、前々から村上くんっぽいし合ってて良い名前だなあって思ってたんだけど、ちゃんと調べたらさ、硬さと粘り強さを兼ね備えた合金とか、刀とかでは鍛えれば鍛えるほど強くなるとか、」
「やあ、
「もうこれ滅茶苦茶むらか……み……く…………」
 にこにこと捲し立てるの耳に、挨拶の声が届く。がたいの良い穂刈の後ろから、ひょっこりと顔を出すその声の持ち主。おでこを出すように逆立てられている緑がかった髪の毛。眠たげにも見える落ち着いた黒い目。の動きが、全てスローモーションになっていき、最後にはスマホを掲げた現代美術のような像と化す。
「ええと、ありがとう、
 穏やかな笑みを受けべ、照れ臭そうにお礼を言うのは……まさしく“村上鋼”その本人だった。状況が飲み込めない、否、理解することを拒否して幸せそうな笑顔のまま固まる、揶揄を隠すことなく楽しそうににやつく荒船と穂刈に対して、村上も微笑みながら続けて口を開く。
「さっきの……オレの名前、もう一度呼んでくれないか?」
「…………む、無理!!!」
 ギャアア、と意中の相手の前で野太く叫ばなかっただけでも褒められそうなほど迫真の形相で、は器用に隙間を抜けていく。3人が目で追うが、もはや生身とは思えないほどの速さでの背中が小さく消えていった。
「あ、おいこら!」
「行っちまったな、勉強道具どころか荷物全部忘れて」
「ったく……おい、どうする、鋼」
「オレ? 待つよ、ここで」
 にこにこと依然嬉しそうな雰囲気のまま、村上は直前まで埋まっていたその席に腰を下ろし、散らかったままの哀れな勉強道具を大事そうに纏めていく。
 それを眺めながら、穂刈は首を傾げた。
「……荒船譲りじゃないか? あの結構”いい性格“は」
「そんなわけあるか」


あとがき
拙者女の子が照れて慌てるのとそれを楽しそうにする男の子大好き侍(211218)


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