BBFのQ118ネタ?
「遅いよ荒船ェ! 穂刈ィ!」
「いやいつも通りに来たんだから遅くはねえだろ」
「早すぎるんだ、むしろお前が。それにしても、機嫌が悪いな、今日は随分と」
荒船たちが作戦室に足を踏み入れるや否や怒声が飛んだ。他人の作戦室とはお構いなしにもはや定位置と化したソファへどっかりと身を預けているの周りには、やけ食いのつもりだろうか荒れきった感情を示すように大量のお菓子が広がっている。
「別に早くないし、悪くないもん」
「わかったわかった、それで、今日は何をそんなに不貞腐れているんだ?」
この作戦室に本来居るべきである隊員のうち、半崎からは他隊のゲーム仲間の所へ、加賀美からはオペ勉強会へ行くと連絡が入っていたが、なるほどあれはこの不機嫌の塊から逃げたと言うことかと荒船と穂刈は納得した。
「……聞いちゃったんだもん」
「は?」
「恋人を作るなら、ボーダー外が安定だって!」
もぎゃああ、と文字に起こすならそれに近い鳴き声を上げて、はソファに倒れ込んだ。
支離滅裂に喚く話を荒船が整理すると、どうも昨日たまたま隊員たちで雑談をしている時に所謂恋愛関係の話題になったらしい。真面目な人間が多いとはいえそのほとんどが10代で構成されているボーダーでは、多くはないが珍しくもない話題ではある。彼女自身なんかは今週のくらいのノリで一部では面白がって話題にされている側だったりもする。しかし、今回に限ってはその参加者も内容もに大ダメージを与えてしまったらしい。
恋人を作るならボーダー外で作るのが鉄板であり、隊員同士の恋人は得てしてすぐに別れやすい……とはボーダー内ではそこそこに有名なジンクスだった。
「落ち着け、よく言われているって程度だろ」
「あの東さんが、気まずそうに“まあ、昔面倒事があったかもしれないよな”って目を逸らすんだよ!? そんなの絶対にそうだし、もはややめておけって忠告じゃん!?」
東さん、と言えばボーダー内では屈指の実力と、そして大抵のことは「東さんが言ってた」で誰もが納得するレベルの説得力で知られる存在だ。そんな東から自分に都合の悪すぎるジンクスを聞かされてしまっては、自他ともに認める村上鋼フリークが慌てふためくのは当然といえば当然の流れだった。荒船と穂刈にとっては迷惑この上ないことだが。
「でもさ、だってさ、私そんな話、今まで知らなかったんだもん!」
「まあ確かにあまり聞かねえなあ、ボーダー内でカップルどうこうの話は」
「後腐れとか考えると面倒臭いからな。俺はパスだな」
「荒船も穂刈もC級とかにファンも多いし学校でもモテるっぽいし……自分が青春余裕だからってこいつら!」
「危ねえな」
「当たるなよ、オレたちに」
「おっと」
突っ伏しながら器用に投げてくるお菓子の箱やら何やらを、荒船たちは避けたりキャッチしたり呆れながら受け流していく。の流れ出した愚痴は止まらない。
「いやだって、は? 私、あの私を助けてくれた人は誰なんだろうって、あの優しく笑う人の助けに少しでもなれたらなって、あのストイックに頑張ってて格好良い人に少しでも近づいてみたくって、それで入隊したのに、え、なに、これどういうこと!?」
「……まあお前くらいだろうな、その熱意だけでマスター近くまでまで食い込むのは」
「“そいつ”のがメインとはいえ関連するログは全部分析して、あらゆるポジションの上位陣に頭下げて足に縋りついてアドバイスを乞う姿勢だけは尊敬に値するぜ。本当にそこだけはな」
「なんなの、そんなわざわざねちねち説明して……結果的に荒船メソッドの樹立にも貢献してるんだから感謝してよー!」
「だからいつも部屋貸してんだろうが」
荒船たちがやれやれと荷物を置き、映画のDVDを選んだりダンベルを取りに行ったりお菓子の箱を拾ったりする横で、はソファの上で行儀悪くバタ足をしながら喚き続ける。もはや慣れきっている光景である。
「はーあーいいじゃんよー私たち今年で18になるんだよー高校生活ラストチャンスじゃんよー青春しよーよー!」
「だってよ。お前どう思う? こいつは青春に飢えきってるようだが」
「良いんじゃないか、がそれが楽しいって思うなら」
「穂刈の考えなんか聞い、て、な……」
暴れていたの脚、自棄な言葉が全てスローモーションになっていき、最後にはソファの不恰好なクッションと化した。
倒置法の話し手は、大体が穂刈である。倒置法といえば穂刈、穂刈といえば倒置法、例外は絵文字顔文字だらけのメールだけ。これは近しい人間全員の共通認識だ。荒船の問いかけへの答えは、確かに倒置法だった。しかし、今の返事はことの鼓膜では絶対に穂刈とも他の誰とも聞き間違えることはない声だった。学習能力が高い“彼”が時々一緒に過ごした相手の口調が移るということを、大ファンの自負があるは知っていた。
がばりと顔を上げる。その視界に捉えたのは、おでこを出すように逆立てられている緑がかった髪の毛。眠たげにも見える落ち着いた黒い目。優しい微笑みと共にお菓子を手にしているのは……まさしく“村上鋼”その本人だった。
「は、ボーダーに好きな相手がいるのか?」
「…………む、無理!!!」
「穂刈、逃すな」
「ああ。諸々片付けてから帰ってくれ、流石に今日は」
「ギャアア!」
「うるせえ! 毎回お前の鞄を持って登校する俺の気にもなれ」
流石にソファに寝転んだ状態からでは逃げることも叶わない。駆け出そうとしたところで同年代が誇る筋肉こと穂刈に羽交締めにされてしまい、はいよいよ意中の相手の前で迫真の形相と野太い叫び声を晒した。
「ほら、いい加減に逃げ回ってないで言うこと言え。鋼と話せ」
「む、むむむむりむりむりむり…………」
「は、オレと話もしたくないのか……」
ぐぅ、と穂刈の眼下でが呻き声を上げて押し黙る。自分の態度のせいで憧れの相手が肩を落とす姿を見せられては、もはや観念するしかない。荒船からは正論で、穂刈からは物理的に、村上からは良心をついて三者三様に締め上げられるがまま、は火が消えたようにしおしおと言葉を絞り出した。
「……む、らかみくんは、やっぱり、ボーダーの人に好かれたら、困る……?」
「そうだな……あまり考えたことは無いけど」
少し考えるように拾い上げたお菓子の箱を手で弄び、それから村上はまな板の上の鯛もとい胸板に磔のとしっかりと目を合わせた。
「さっきが言ってた“あの人”っていうのがオレだったら……嬉しいと思う」
はぐったりと項垂れた。人生の中で未だかつてないほどに顔が熱かった。このまま放っておけば脳みそがぐつぐつと煮込まれてしまうかもしれない程だった。そしてその焦りと照れと羞恥は、他3人の目にも頬に限らず出ている肌全てが赤く染まっているところにありありと見えていた。揶揄を隠すことなく楽しそうににやつく荒船と穂刈に対して、いつもの人が良さそうな柔らかい笑みを村上に向けられる中、蚊の鳴くような声がの口から零れ落ちた。
「むらかみくん、のこと、です……」
(220505)
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