狙撃手の隠蔽訓練で良く使われるマップのA3地点。今日の集合場所はここで合っていたはずだ、と隠岐は鬱蒼と立ち並ぶビル街の一角でため息をついた。手に馴染むというにはまだ早い支給されたばかりのトリガーを弄んで裏返し、表返し、また裏返し、やることが無くなってトリガーの溝をなぞっている頃に、ようやく目当ての相手が小走りで駆け寄ってきた。
 バツの悪そうな笑みを浮かべながらも、トリオン体だというのにわざとらしく肩で息をする真似をする女性に、隠岐は愛想よく微笑みかける。

「それで、今日は何を教えてくれはるんですか、センセ」

 隠岐は、スカウトされてスナイパーとして訓練やランク戦の観戦を続けるうち、自分の思い付いた“ある戦法”を相談できる相手が居ないことに悩んでいた。そのトリガー……グラスホッパーを使うのは、居ても対局のポジションであるアタッカーの隊員ばかりだった。
 しかしよくよく周りに聞きいてみれば、まさにその戦法を取っているスナイパーが居るには居るらしいことがわかった。ランク戦のログを一通りは目を通した隠岐が見つけられなかったのは、どうもその先駆者がどこの隊にも所属していないフリーの隊員であるかららしい。そこで、スナイパーの基本を指導してくれていた東にお願いし紹介してもらったのが、このだった。
 2つ上の大学生ということで、落ち着いたお姉さんを期待していなかったといえば嘘ではない。しかし現実は、約束には3回に1回はわざとではないが何かしらの理由で遅れ、口から出る言葉は神経から直接出ているのかと思うほどボケ倒しの、まるで正反対の人間だ。
 その“センセ”の顔が自分の発言を受けて、子供が初めてライオンや新幹線でも見たかのようにきらきらと輝きはじめる。嫌な予感に隠岐が口角を上げたまま首を傾げると、うんうんとひとりで納得した呟き声が聞こえてきた。

「なるほど、それがモテる男のテクニックってわけね」
「いやいや、おかしないですか。センセって呼んだだけですやん」
「声に色気があったわ。その艶っぽい声で名前を呼ばれたら、どんな女の子もイチコロよ!」

 あかん、ほんま変な人捕まえてしもた。思わず突っ込んだ隠岐の頭に浮かぶのはある種の後悔だった。
 射撃の腕は悪くないし、何よりお前の考えているグラスホッパー使いである程度の実績を持つスナイパーだぞ……アドバイスをくれた記憶の中の東の表情が、もはや隠岐には意味深な笑みにしか思えない。唯一救いだったのは、いや“中身”を考えると逆にしんどいかもしれないが……その見た目は間違いなくピンポイントで隠岐の好みそのものだった。
 それはそれとして、毎度毎度自隊の仲間並みにボケ倒す天然な彼女にこのままペースを握られ続けるというのも、あまり面白くない。隠岐がそう思ったのが、関西人の血が騒いだからか、また別のものなのか……しかしこの時は、ただノリで売り言葉を買ってしまい、その答えは本人すら分からず終いであった。

「なら、試しに名前を呼んでみてもええですか」
「いいわ、受けて立ちましょう!」

 あっけらかんと、なんなら自らの胸をドンと叩いて色気とは対照の反応を見せる”センセ“に隠岐はベタにずっこけそうになる。隠岐は隠岐自身なりにかなりのキメ顔と真面目な声音で言ったつもりだったのだが……。  私を撃てたら先生呼びじゃなくて名前で呼んでいいよ、という声だけを残して、その姿が隠岐の視界から消え失せた。慌てて空を見上げれば、いつの間にかビルの屋上に向かってひょいひょいと軽やかに飛び跳ねる影。どうやら、今日はグラスホッパーで隠匿訓練をしてくれるらしい。どこか抜けた人柄に対してその技術は紹介通りで、隠岐はいつもそのギャップに心のなかで驚きと感心を覚えるのだった。

「伝わってへん気がするなあ」

 あんなことを言っておいてまるでそんな気の無いこの人を、どうしたら“イチコロ”にしてやれるだろうか。一先ずこの鬼ごっこに勝ったら、色々な仕返しとして耳元で囁くくらいのからかいは許してもらいたいと思う。
 隠岐は感情豊かなの先程は叶わなかった反応を想像し……そして先程とは違う笑みを浮かべて四角い板を蹴り、空へ跳んだ。


あとがき
※LIDDELLの神城さんと、「会話文を交換し、地の文を書く」という遊びをやらせていただきました!
会話文:神城さん / 地の文:クズ河

隠岐くんが書けて楽しかったです!
元気な年上女性と相手にされない隠岐くんいいですねえ……!
(私からは犬飼くんの台詞をお渡ししました!)
(210414)


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