さくさく、

※トリオン体欠損


act.1

 顔が硬い地面にべったりとくっついていて、ただひたすらに不快だった。しかし、今の私ではその顔を離すことすらもできない。満足に身動きが取れないまま、口を除けば唯一動く目でそばに立っている男を睨み上げた。

「ちょっと……"それ"返してよ」
「良いじゃないか。どうせくっつきやしないんだ」
「良くない……最高に気分が悪いわ」
「ぼくは最高の気分だよ。だってほら、」

 王子は鼻歌でも歌い出しそうに楽しそうに笑いながら"それ"ら……スコーピオンで王子手ずから斬り落とした私の手足を手に取ったり、裏返したり、撫でたり、やりたい放題に弄くり回している。

「ほら、きみはどこを切り取っても可愛くも綺麗でもあるだなんて、嬉しい発見じゃないか!」

 なにが「ほら」だ、その満面の笑顔に唾でも吐きかけてやりたい。もう私のトリオンは無いはずだ。早くベイルアウトして私の手足の所有権を取り戻したい。

「あ、時間なら大丈夫! 訓練室に入る時にトリオン切れは無いように設定しておいたよ」

 ……なにも大丈夫じゃない。二度と、こいつの用事には付き合ったりなんかしない!


act.2

「えっ?」

 さくっ。ホットケーキにナイフを突き立てるよりも軽やかな音を立てて、私の指が一本、宙を舞う。私の薬指が、そのまま目の前の男の掌にぽとりと収まる。もう一方の手から生えた細いスコーピオンを解除しながら、王子はいつもの爽やかで胡散臭い笑顔をこちらに向けている。

「あれ? ちょっときみ、左手を見せてくれないかい」

 30秒前に急にそう言われて、素直に手を差し出した瞬間だった。私はぎょっと丸くした目を、自分の欠けてしまった左薬指の空白と王子を何度か往復させた。

「なにするの、ちょっと、返してよ」
「はい、どうぞ」

 意外にもすんなりと承諾された。まだ何か企んでいるなと訝しみながらも、軽く握って差し出された白手袋の手の下に受け皿のように自分の手を出すと、かわいそうな私の欠片が帰ってきた。ぽとりと落とされる瞬間、きらりと蛍光灯を反射して光る物が目を刺した。

「……なにこれ」
「指輪さ」

 私の左薬指には、つけていた覚えのない輪っかが装備されていた。あからさまに不審を声に載せるが、王子はさらりと返事を寄越す。

「きみに似合うんじゃないかな、と思ったんだよね」

 目を見開くだけでなく、口もあんぐりと開いたまま、この手品を披露して満足そうな王子を凝視していると、肩をすくめて輝く歯を見せた。

「ほら、きみ、こうでもしなきゃ受け取ってくれないだろ? このままじゃぼくはそれをゴミ箱に捨てることになるんだけど……それは勿体無いと思わないかい?」
「……王子がいつもこういうことをしてこなければ、私も話くらいは素直に聞くよ」


あとがき
昔サイトに上げていた書きかけのヤツを加筆しました(220614)


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