獣性に蝕まれた彼を見よ

※首絞め ※ちょっとえっち


 荒船は首を絞めるのが好きだ。
 いや、言葉足らずだった。これでは荒船が快楽殺人犯かなにかみたいだ。正しく言うと、荒船は私と“そういう事”に及ぶ時に私の首を絞めるのが好きらしいのだ。まあ、荒船にそれを指摘すると怒るのだけど。
「バカ言え、おまえが好きなんだろうが」
 好き者が、という侮蔑をダブルミーニングで匂わせながら反論されるが、これは荒船の勘違いだ。
 私に関しては……そう、首元を温めるような感覚と言ったらわかるだろうか。寒くて体が震えるような日に、ふわふわのマフラーを首に巻いたりコンビニで買った温かいお茶を首元に当てたりした時に、“ほっ”とする……そんな、安心感のような、心地よさのような。荒船の私よりも広い手のひら、長い指。情事中だからかやたらと熱を持ったそれが、私の首をすっぽりと覆うのだ。次第に、どくんどくんと喉で脈打つ血液に乗せて、荒船の熱が丸裸に剥かれて冷える私の体に広がっていく。そう、いわば、私は荒船の手が好きなのだ。
 つまり、別に私は首を絞められたいわけじゃない。荒船が揶揄してくる“首を絞められると下も締めてしまう”というのは、苦しくて身体中が力んでしまうため当然のことで、それは快楽からじゃなくただの生理現象なのだ。
 それに、他にも荒船がやりたいだけだと思う理由ならある。私の首に手をかけている時の荒船の顔ときたら、そりゃもうすごいものだ。まるで犬歯を見せつけるように口角をつり上げてひっどく歪ませて笑う唇、細めた瞼の下に嗜虐心を隠す事なく爛々と輝き私を見下す瞳。普段の理知的で涼しい顔などどこにもない。日によっちゃ舌舐めずりまでしているというのに、荒船は気が付いていないんだろうか? そんな肉を前にした獣のように、もう本能が隠しきれず顔全体に現れている表情で、人の首を嬉々として締めているのだ。これが荒船の“趣味”じゃなくてなんだというのか。
 その状態でも、いつも容赦なく荒船の責めは揺るがない。だから、私はそう長くは耐えきれずに限界がきて、空気を求めてみっともなく大口を開け、舌を突き出すような無様な顔を晒してしまう。すると荒船は私のそんな口や舌に噛み付くように口付けて、そこでようやく首を開放するのだ。離れた右手は私の顎を、左手は腰を変わらぬ力強さで掴みかかる。
 圧力から開放されてやっと開いた気道。下半身と同じように無理矢理にでも押し付けてくる荒船の唇と私のものとのわずかな隙間。全身はそこから反射的に、必死に呼吸を求めるが……そうすると私は空気と一緒に荒船の舌や唾液なんかも吸い込むことになってしまう。その時に響く、ずぞぞ、とやたら水っぽい吸引音が、私は恥ずかしいし耳障りでとにかく嫌だったが、荒船は首を締める時は絶対にこの流れでここまでやるのだ。私がそうしないと死んでしまうから、密着する荒船の唇との隙間をなんとか作ろうとして顎を抑え込む手に必死に抵抗して顔の角度を変えることが、まるで私から積極的に荒船の唇を貪っているような動作に見えること、これも不愉快だった。
 そうして荒船が終わりに向けてより一層揺さぶってくる中、私が少しずつ少しずつ懸命に酸素を取り込みきって身を跳ねさせたところで、やっと荒船は私から離れるのだ。私には苦行を強いたくせに、自分は十分に余裕を持って呼吸をし、息を整えていく。上体を起こし薄明かりに浮かぶ荒船の白い顔は、うって変わって彫刻のように静かになる。満足そうに薄く口角だけ上がったその表情、汗と共に額に張り付いた前髪、その下から私を無感動に茫然として見下ろす目。私に跨る男を構成する何もかもがぞっとするほど綺麗で……結局私はその光景のどうしようもない虜なのだ。


あとがき
title:誰花 様より (211218)


よかったなあとかあればポチッと→ ❤❤❤