お昼ご飯

ちゃんは箸より重いもの持ったらアカン」

 箸より重いもの、はさすがに大袈裟なのでは。そう思ったものの、好意で手伝ってくれている相手に突っ込むのも失礼な気がして、ありがとうございます、とお礼だけ述べる。発言についてはスルーだ。
 午前中、たまたま生駒隊に加わって防衛任務に参加していた。経緯は割愛するけど、ちょっとした手違いで手首を捻ってしまったくらいでまるでどこぞのお嬢様扱いだ。定食を選んでいる時に生駒さんに声をかけられたかと思うと、あれよあれよという間に自分のランチのお盆すら持たせてもらえないまま適当なボックス席に着かされてしまった。
 先輩に持たせるわけには、と勿論食い下がった私をあの真顔と眼力で黙らせた生駒さんは向かいに陣取っている。圧がすごい。
 
「それだと茶碗も持てへんやないですか」

 私の不満を気取ったのか、隣に腰掛けた隠岐くんがやんわりと生駒さんに突っ込んでくれた。気が利くイケメンだ。
 
「茶碗は置いたまま食べたらええやろ」

 ぱき、と割り箸を割る音。私のお盆に乗せたところを見ると、私の分らしい。その隣で水上先輩があからさまに顔をしかめている。分かる。気遣いが行き過ぎていて、失礼だけどちょっと気持ち悪い。生駒さんとは防衛任務以外で関わることがほとんど無いので知らなかったけれど、こんなに面倒見の良すぎる人だったのか。
 
「それ逆に食べにくいんとちゃいます?」
「そしたら茶碗も持つしかないな」
「そうでしょ」

 私がまだ米一粒も口にしていないというのに、海くんはもう小鉢を空にしていた。マリオちゃんが三角食べせえや、と言うのが聞こえる。生駒さんの奇行……いや彼らにとってはボケなのか、このノリには慣れっこらしい。すごい。
 その生駒さんは隠岐くんのフォローにうんうんと何やら納得したように頷いた。
 
「隠岐、頼んだで」
「いやいや、なんでおれが持つことになってるんですか」

 ……一体、何に対するしたり顔なんだろうか。水上先輩に救いを求めて視線を送るが、わざとらしく味噌汁に口をつけ始めてしまった。
 
「俺が持つのは絵的にまずいやろ。茶碗係にふさわしいのは隠岐や」
「茶碗係ってなんですのん」
ちゃんも隠岐なら文句ないやんな?」
「えっ」

 私が水上先輩を睨みつけている間にも謎の話は進んでいて、素っ頓狂な声を上げてしまった。茶碗係ってなんだろう。口を開こうにも、隣で困惑している隠岐くんと同じ疑問しか沸いてこない。いい加減お腹も空いているけれど、穴が開きそうなほどまっすぐすぎる目でこちらを見ている生駒さんを無視してお茶碗に手を伸ばすことも出来ず、ただ固まってしまう。
 
「あーダメダメ、ダメですよ、イコさん。サンに怪我させちゃって落ち込むんは分かりますけど、自分の気持ちには素直にならんと」

 ぽり、ときゅうりの漬物を気怠げに噛みながら水上先輩が呟く。みんなの箸がぴたりと止まった。
 ……えーと、そもそも、今の生駒さんは落ち込んでいるのか。全然分からなかった。
 
「いっっっつも気合入れてるやないですか。今日こそ絶対ちゃんにいいとこ見せて、ちゃんと仲良うなったるわーって。いい加減聞き飽きましたわ」
「今日ご飯誘うのも、すっごい緊張してましたもんね!」
「こら海、余計な口挟まない!」
「ほんとはイコさんがちゃんの隣に座って、イコさんがちゃんのお世話焼きたいんでしょ。もー、おれを巻き込まんでくださいよ」

 私の話だと言うのに、当の私がついていけないまま生駒隊のテンポで右に左に飛び交う言葉にキョロキョロすることしかできない。みんながやいのやいの言う中、正面から聞こえるのは「なんでそういうことバラすん」とか、「せやかて俺ひとりで誘ったらちゃんに迷惑やん」とか、「カワイイちゃんに俺ってもう絵面が最悪やん、犯罪やん」とか、ぶつぶつと小さい呟き声だけ。目を向けてみれば……戦闘でもないのにいつの間にかゴーグルを装着している。いや、ああもう、誰から、どこから突っ込んだら良いのか全くわからない。生駒さんのそれは照れ隠しのつもりなんだろうか。というか生駒さんもまっとうに照れたりするのか。知らなかった。
 
サン、こんな隊長の相手させといて悪いけどそろそろ飯冷めるで。そんなわけやからとっとと引導渡すなりなんなりしてやって」

 どんなわけだ。自分だけ先に鯖味噌定食をきれいに完食した水上先輩が、手を合わせながらしれっと水を向けてくる。勝手な話だ。
 今までそんなに生駒さんと関わった記憶は無いけれど、この人が私の話をよくしているらしいのはどうやら本当みたいで、今度は両手で顔を覆ってしまった。照れ隠しのバリエーションがやたら多い。強面で近寄りがたい人だと思っていたけれど、意外と可愛らしい人なのかもしれない。困惑が先立ってしまって突然判明した好意をまだ実感できてはいないけれど、少しだけ、興味が湧いてしまった。
 
「……じゃあ、その……すみませんが、荷物、帰りに駅までお願いしても良いですか」
「……ちゃん……っ! 全力で持たせていただきマス!!」
「うるっさ!」

 顔を隠したまま叫ぶ生駒さんと、その肩を叩くマリオちゃんを眺めながら、私はようやく一口目のご飯を放り込んだ。


あとがき
LIDDLEの神城さんから、前半の台詞を頂いて作成しました!
ありがとうございました! (210607)


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